衝撃の言葉
以下は私の尊敬する高杉晋作と、師 吉田松陰先生とのやりとり。
私の行動の原点ともなった言葉で、脳天を叩き割られる様な衝撃を受けました。
高杉晋作に、「男子はどこで死ぬるべきですか」と、男子の本懐(ほんかい)を問われた際、松陰は直ぐに確答できなかったことがあった。
しかし「不朽の見込み」があるならば、という条件付きで、その答えを手繰(たぐ)り寄せる。
そして至った結論はこうであった。
「死は恐れるものではない。また憎むものでもない。生きて大業(たいぎょう)を為(な)す見込みがあるのなら、いつまでも生きたら宜しかろう。死して不朽の見込みがあるのなら、いつどこで死んでも宜しい。要するに、死を度外視して、為すべき事が大事である」と説く。
以降、こうした死に態(ざま)の示唆(しさ)は、高杉にとって、大きな運命を決する方向性を与えた。
「潔(いさぎよ)く死ぬ」という武士道観に加えて、単に死ぬ事だけが美学とするこれまでの武士の固定観念は、「犬死」を避けて、「不朽の見込み」のある場所に限りと限定が付いた。
こうした松陰の遺志を最高に実現させ、見事の維新迄引き摺(ず)って行った橋頭堡(きょうとうほ)を築いたのは、高杉晋作であったが、その晋作の死に態(ざま)を支えたのは処刑寸前の松陰であり、「死して不朽の見込み」ありとその行動原理の原点を示したのは松陰自身であった。
私も、生き死にさえ度外視して、愚直にべっぷの将来に対して戦います。
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